大阪地方裁判所 昭和33年(ヨ)2455号 判決 1960年4月08日
申請人 大石登三郎
被申請人 富士化工機株式会社
主文
被申請人は申請人をその従業員として取扱い、且つ、申請人に対し、昭和三三年五月二七日以降毎月末日限り一月金二九、七〇〇円の割合による金員を支払わなければならない。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
申請人訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。
一、被申請人(以下、単に会社ともいう)は従業員約三〇名を擁し、化学機械・化学薬品等の製造を目的とする株式会社であり、申請人は、右会社の従業員として同会社機械工場に勤務し、右会社の従業員をもつて組織する富士化工機株式会社労働組合(以下単に組合又は第一組合ともいう)の副組合長であつたものである。
二、ところが、会社は昭和三三年五月二六日申請人に対し口頭で即時解雇の通告をなした。そこで申請人は会社に対し、直ちにその解雇理由を明白にするよう要求したところ、会社は同年六月に至り、書面をもつて次の如き解雇理由を通知して来た。すなわち、申請人は
(1) 平素より言動常軌を逸し、人間としても、また従業員としても不穏当な者である。
(2) 技能にむらがあり、平素は普通程度のときもあるが、感情に走つたときは技能著しく低下して不良製品を出す。
(3) 前歴を詐称している点がかなりある。
(4) 前科者なることを誇大に流言し、会社側を間接的に畏怖せしめた。
よつて会社は企業防衛の立場上、申請人を解雇したというのである。
三、しかしながら、本件解雇は次のいずれの事由によつても無効である。
(一) 本件解雇は申請人が組合を結成し、また正当な組合活動をしたことの故を以て、更にまた右組合の運営に支配介入し、これを壊滅する意図のもとに行われたものであるから、不当労働行為であつて無効である。
(1) 会社設立当時の従業員の地位・待遇。
会社は、もと富士製作所と称する個人企業であつたものを、昭和三三年四月一日会社組織に改めたものであるが、会社設立後も従業員の地位・待遇は一向に改善されず、その労働条件は驚く程の悪さで、近代的な労資関係等思いもよらない状態であつた。例へば、会社には就業規則さえなく、また従業員は健康保険・失業保険及び労災保険のいずれにも加入されておらず、残業や休日出勤に対しても割増賃金さえ支給されず、従業員が会社に対し、これ等の改善を要求すれば「会社を罷めてしまえ」等と暴言をほしいまゝにする始末であつた。また会社幹部が従業員に対して暴力を振うことも屡々であつた。
(2) 組合の結成と会社の組合に対する抑圧。
(イ) 右のような劣悪な労働条件に苦しんでいた従業員達が次第に労働者としての立場、意識に目覚めたのは当然のことであつて、会社設立と同時に組合結成の気運は急速に昂まり、申請人と杉山太郎の提唱により、昭和三三年四月二六日三福食堂に申請人等有志七名が会合して、労働組合結成の具体策を協議し、従業員多数の賛同を得て、同月二八日組合結成大会を開催し、従業員二一名を以て富士化工機株式会社労働組合を結成した。そして組合長に森佳男が、副組合長に申請人が、書記長に杉山太郎が、会計に馬場幸彦が、また執行委員に中川賢次がそれぞれ選出され、また組合はその上部団体として総同盟に加入することに決した。次いで翌二九日申請人と右組合長の両名は会社代表者に対し、右組合を結成した旨通告した。
(ロ) 会社は右結成大会が開催されているのを知るや、直ちにその運営に不法介入をはじめた。すなわち会社の神田専務取締役は大会開催中に組合の書記長たる杉山太郎を呼出し、同人に対し「組合を結成するのは結構だが、外部団体に加入するのは止めて呉れ、若し加入するなら会社を閉鎖する」と申し向けて、組合の上部団体への加入を阻止しようとした。
(ハ) また、同年四月三〇日の昼食時間に、申請人等組合三役及び前記執行委員中川賢次が会社に対して団体交渉を申入れたところ、会社側は何等正当な理由もないのに「組合のことで一々会つてはおられない。君達の勝手にしろ、会社は閉鎖するから。」等と暴言を吐いてこれを拒否した。
(ニ) 更に会社は同年五月六日頃から組合員を個別に会社事務所に呼びつけ、「首は切らない。賃上げをしてやるから組合を脱退しろ。」等と説得し、組合の切崩を開始した。そのため組合員の中には組合を脱退する者が続出し、一月後には組合員の数は組合幹部を含めて僅か八名に減少した。
(ホ) また一方、会社は同月六日前記会計馬場幸彦及び執行委員中川賢次に対し、ケーシングの作業に不注意な点があつたことを口実に、同人等に対して支給すべき手当金五、〇〇〇円の支払を停止し、更にまた製罐工場の班長たる役職を剥奪する厳重処分に付し、組合の幹部役員に対し不利益扱を敢てした。
(ヘ) 他方、組合を脱退した従業員等が新たに富士化工機株式会社従業員労働組合(以下、単に第二組合ともいう)を結成するや、会社は直ちに同組合と労働協約を締結し、また就業規則を制定して同組合の同意を得た。
(3) 被申請人主張の解雇理由は全く存在しないか、解雇に値しないものであつて、真の解雇理由ではない。
被申請人の主張する解雇理由は、後記(二)の(1)記載の如く申請人がチヨークライナーを不良加工した点を除いては全く存在しないものであつて、会社は申請人が同年五月二〇日頃右不良製品を出すや、これを契機に本件解雇を通告したものである。しかしながら申請人が不良製品を出すに至つた経緯、及び右解雇に際して、会社が工務係串田義弘に対し採つた措置に徴するときは、右不良加工の事実をも真の解雇理由とするものでないこと明白である。すなわち、申請人は右チヨークライナーを加工するに際し、右串田義弘が製図した図面が極めて不明確であつたため、申請人は再度に亘り右串田義弘及び当時の職長杉山太郎にその説明を求めて、その指示どおりに加工し、しかも最初に仕上げた製品は念のためこれを右串田義弘に示して、その良否を確める等、十分意を尽して過誤なきを期したのであるが、同人等の指示説明に誤があつたため、かゝる結果が発生したもので、その責任は専ら右作業の指導的立場にあつた串田義弘等において負担すべく、同人等の指示に基いて加工した申請人がその責を負うべきいわれはない。それにも拘らず、会社は右加工について最も責任を負うべき串田義弘を解雇せず(尤も被申請人は本件解雇の真意が露見することを恐れ、申請人と同時に、右串田義弘をも形式上一時解雇したが、これは全く虚偽仮装のもので、申請人の解雇を正当化するための偽装に過ぎない)、申請人が直接加工にあたつていたことに藉口して、申請人のみを解雇したのは、串田義弘は従順な第二組合員なるに対し、申請人は第一組合の副組合長として、組合結成以来その中心となつて終始熱心に組合活動に従事していたためであり、申請人を解雇することによつて第一組合に決定的な打撃を与えるためである。従つて本件解雇は被申請人主張の解雇理由を真の解雇理由とするものではない。
以上(1)ないし(3)の事実に徴すると、会社は第一組合が結成されるや、その存在を嫌悪し、その運営に支配介入して、同組合の撤底的な切崩工作に成功し、その組合員は殆んど組合幹部のみという状態になつたため、かねてこれ等組合幹部を排除して、同組合を壊滅せしむべく苦慮していたところ、偶々、組合結成以来、その中心となつて組合活動を展開して来た申請人が前記不良製品を出すや、これに藉口して、申請人を排除すべく、本件解雇をなすに至つたもので、不当労働行為であること明白であるから無効である。
(二) 本件解雇は権利の濫用であつて無効である。
(1) 申請人には被申請人主張の如き解雇理由に該当する行為をなした事実はない。尤もチヨークライナーの不良製品を出したことはあるが、右製品の不良加工につき申請人がその責を負うべき筋合のものでないこと前述したとおりであるから、本件解雇は何等の理由もなくなされたものであり、権利の濫用であつて無効である。
(2) 仮に百歩を譲り、申請人に被申請人主張の解雇理由が存するものとしても、それは極めて些細軽微なものであつて、解雇に値するものではなく、(このことは、本件解雇後、会社が制定し且つ第二組合の同意を得た就業規則において、勤務怠慢、素行不良等はすべて、けん責及び減給に該当するものと規定されていることに徴しても明らかである。)、しかも、前記三の(一)の(3)記載の如く、チヨークライナーの加工に際し、その指導的立場にあつた工務係串田義弘を解雇せず、また直接の責任者たる当時の職長杉山太郎に対しては何等の処分をも行わずして、何等責を負うべきいわれのない申請人のみを解雇することは権利の濫用として許されないものといわねばならない。
四、以上の次第であるから、申請人は現になお会社の従業員たる地位を保有し、会社に対し賃金請求権を有するところ、本件解雇当時の申請人の一月の給料額は金二九、七〇〇円であつたから、被申請人は申請人に対し解雇通告の翌日以降右割合による賃金を、その支払期日である毎月末日限り支払うべき義務がある。なお申請人は近く解雇無効確認並びに賃金請求の本訴を提起すべく準備中であるが、申請人は会社から支払われる賃金を唯一の生活の資とする賃金労働者であるため、本案判決を待つていては回復し難い損害を被る虞があるので、これを緊急に排除すべく、本件申請に及んだものであると述べた。(疎明省略)
被申請人訴訟代理人は「申請人の申請を却下する。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。
(一) 申請人主張の事実のうち、一の事実、及び二の事実のうち会社が申請人主張の日、口頭で申請人に対し即時解雇の意思表示をなしたこと、会社がその後申請人に書面を以て解雇理由を通知し、その内容が申請人主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は知らない。
(二) 三の(一)の事実のうち(2)の(イ)の事実、及び(3)の事実のうち申請人がその主張の日頃、チヨークライナーの不良製品を出し、そのことが本件解雇の契機となつたこと、及び右チヨークライナーの図面が工務係串田義弘の製図に係るものであることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。本件解雇は決して不当労働行為意思に基いてなされたものではない。
(三)、三の(二)の事実のうち、(1)の申請人がチヨークライナーの不良製品を出した事実は認めるが、その余の事実はすべて否認する。本件解雇は申請人主張の解雇理由の他、更に左記理由に基いてなされたものである。
(イ) 申請人は、会社の勤務時間中、不謹慎にも労働運動関係の書物を読みながら作業していたため、至急に加工すべきチヨークライナー多数の不良製品を出し、これがため、会社に対し莫大な損害を与えると共に、その注文者の会社に対する信用を失わしめた。
(ロ) 申請人は、同人が以前勤務していた会社を退社するに際し、その会社より二、三回に亘つて金員を不法に領得し、これがため裁判の結果有罪の判決を受け、前科を有する身でありながらその事実を秘し、前歴を詐称して入社していた。以上の如く、本件解雇は解雇するにつき相当の事由があるから権利の濫用に該らないこというまでもない。
(四) 四の事実のうち、解雇当時の申請人の一月の給料額が、その主張のとおりであること(但し、当時の一月の平均賃金は二九、七四七円である。)及びその支払期日が毎月末日であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(五) なお会社は本件解雇の意思表示と同時に、解雇予告に代る手当として、申請人に対し、同人の平均賃金二九、七四七円を提供したが、同人はこれが受領を拒否したので、右金員を大阪法務局に供託した。
(六) 以上のとおり、会社の申請人に対する解雇は有効であるのみならず、申請人には本件仮処分を必要とする事情は存しないから、申請人の本件申請は失当である。(疎明省略)
理由
一、解雇の通告
被申請会社は従業員約三〇名を擁し、化学機械、化学薬品等の製造を目的とする株式会社であり、申請人は右会社に雇傭され、同会社機械工場に勤務していたこと、そして申請人が右会社の従業員をもつて組織する富士化工機株式会社労働組合の副組合長であつたこと、及び会社が申請人に対し昭和三三年五月二六日口頭で解雇の通告をなしたことは当事者間に争がない。
二、解雇の効力
申請人は本件解雇は申請人が組合を結成し、また正当な組合活動をしたことを理由として、更にまた右組合の運営に支配介入し、これを壊滅する意図のもとに行われたものであり、被申請人の主張する解雇理由は全く存在しないか、または解雇に値しないものであつて、真の解雇理由ではないから、不当労働行為として無効であると主張するので、以下この点につき検討する。
(一) 先ず、第一組合の結成より本件解雇に至るまでの経過について判断する。
被申請会社は、もと富士製作所と称する個人企業であつたものを、昭和三三年三月二七日会社組織に改めたものなることは被申請人代表者岡木桝吉の尋問の結果により明らかである。そして右会社設立当時より従業員等の間に労働条件改善の要ありとし、組合結成の気運が昂まり、ついに申請人及び杉山太郎の提唱により、同年四月二六日三福食堂に申請人等有志七名が会合して、労働組合結成の具体策を協議し、従業員多数の賛同を得て、同月二八日組合結成大会を開催し、従業員二一名を以て富士化工機株式会社労働組合(第一組合)を結成したこと、右大会において組合長に森佳男が、副組合長に申請人が、書記長に杉山太郎が、会計に馬場幸彦が、また執行委員に中川賢次がそれぞれ選出され、組合はその上部団体として総同盟に加入するに決したこと(もつとも本件解雇後上部団体を総評に変更したことは証人松田孝四、同山本文夫、同松元範男の証言で認められる)、次いで翌二九日申請人と組合長の両名が会社代表者に対し組合を結成した旨通告したことはいずれも当事者間に争がない。
次に、成立に争のない甲第二乃至四号証、及び乙第一号証、証人松元範男(後記措信しない部分を除く)、同杉山太郎、同山本文夫の各証言、申請人本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実が認められる。
(1) 会社の神田専務取締役は前記組合結成大会が開催されているのを知るや、その開催中に前記杉山太郎を呼出し、同人に対し「組合を結成するのは結構だが、外部団体への加入は困る。外部団体への加入を策動した首謀者は誰か」等と申向けて、その運営に支配介入し、同組合の上部団体への加入を阻止しようとしたが、その目的を達し得なかつた。
(2) その後会社側が「組合が上部団体への加入を止めなければ、会社を閉鎖する」旨流言し、組合に対して脅迫的言辞を弄するので、申請人等組合三役及び前記執行委員中川賢次が会社に対し、団体交渉を申入れたところ、会社側は何等正当な理由もないのに「組合のことで一々会つてはおれない。君達の勝手にせよ」等と暴言を吐いてこれを拒否した。
(3) また一方、会社は組合幹部に対する不利益扱を企て、前記会計馬場幸彦及び執行委員中川賢次に対し、ケーシングの作業に不注意な点があつたことを口実に、同人等に支給すべき手当金五、〇〇〇円の支払を停止し、製罐工場の責任者たる役職を剥奪せんとしたが、組合が右処分に反対したため事無きを得た。
(4) かくするうち、組合員の中には組合を脱退する者が続出し、本件解雇当時においては組合員の数は僅か四、五名に減少していた。一方これ等脱退者は同年五月中旬頃新たに富士化工機株式会社従業員労働組合(第二組合)を結成し、会社に信望の厚い従業員久能木茂がその組合長に選出された。他方会社は第二組合が結成されるや、第一組合の存在を無視して、同月二一日同組合と労働協約を締結し、本件解雇後、更に同組合の同意の下に就業規則を制定した。
(5) また同月二〇日頃後記二の(2)記載の如く、工務係串田義弘等の図面の説明の誤から、申請人がチヨークライナーの不良製品を出す(チヨークライナー不良加工の事実は当事者間に争がない)や、会社は申請人が直接右製品の加工にあたつていたことに藉口し、同月二六日に至り、右加工について職務上何等その責を負うべきいわれのない第一組合の中心人物たる申請人に対してのみ解雇を通告した(右期日に解雇の通告があつたことは前記の如く争なき事実に属する)。申請人は右通告を受けるに際し、会社代表者に対し、右不良製品を出したことを深謝すると共に、不良製品を出すに至つた経緯を説明して、その責任は専ら右加工を指導指図した右串田義弘等において負担すべきであることを主張し、申請人を解雇に付するのは苛酷に過ぎる旨抗議したが、会社は申請人の言分を聞き入れず、同年六月に至り書面を以て申請人主張の如き解雇事由を通告して来た(この点は当事者間に争がない)。かくて申請人が会社を離れるや、第一組合の組合員は益々減少し、同組合は間もなく、自然消滅するに至つた。
以上の事実が認められ、証人松田孝四、同松元範男の各証言、被申請人代表者岡本桝吉及び申請人本人の各尋問の結果中、右認定に反する部分は信用できないし、他に右認定を左右するに足る疎明はない。
以上一連の事実に照すと、会社は第一組合が結成されるや、組合活動の熾烈化することを懼れて、同組合の上部団体への加入を阻止しようとしたが、同組合がその意に反して総同盟に加入したため、その存在を嫌悪し、組合幹部に対して不利益扱を企てる等、同組合を壊滅ないし弱体化する意図のもとに種々策を弄して来たことが窺われる。
(二) そこで以上の事実を考慮に入れつゝ、以下被申請人主張の解雇理由について順次検討を加えることとする。
(1) 申請人の平素の言動を内容とする解雇事由について。
証人松田孝四及び被申請人代表者岡本桝吉は、いずれもその尋問において、申請人の平素の言動にはむらがあり、非常に過激な点があつた旨述べているが、証人松田孝四の右供述はすべて被申請人代表者よりの伝聞事項であり、しかも被申請人代表者の右供述は証人松元範男の証言に対比してにわかに信用することができず、他に、申請人の平素の言動が常軌を逸していたものと認め得る疎明はなく、むしろ、前記被申請人代表者、申請人本人の供述からすれば、組合結成以来、申請人が組合活動の面において、会社幹部と対等的な姿勢に出るのを嫌悪する結果の悪評でないかとさえ思われるのであつて、この点に関する被申請人主張事実を解雇理由に採り上げ得ないことは言うまでもない。
(2) 申請人の技能の低劣を理由とする解雇事由について。
被申請人は、申請人には技能にむらがあり、感情に走つたときは著しく技能低下して不良製品を出す旨主張し、前掲証人松田孝四及び被申請人代表者岡本桝吉はいずれも右主張に符合するような供述をしているけれども、右供述は後記証拠に照しにわかに信用し難く、却つて証人松元範男の証言、申請人本人尋問の結果によれば、本件解雇前、会社には屡々不良製品が出ていたが、申請人には昭和三三年五月二〇日頃前記チヨークライナーの不良製品を出したこと以外には、かゝる事例がなく、また未だかつて技能の点につき、会社幹部より注意を受けたこともなく、申請人の技能は他の従業員に比し、決して劣つていない事実が認められ、他に右認定事実を覆すに足る疎明はない。そして証人松元範男、同杉山太郎の各証言、及び申請人本人尋問の結果を綜合すれば、申請人が右チヨークライナーを加工するに際しては、工務係串田義弘の製図した図面(この図面が串田義弘によつて製図された事実は当事者間に争がない)が極めて不明確であつたため、申請人は再度に亘り、当時の職長杉山太郎を通じ、右串田義弘に図面の説明を求めて、その指示どおりに加工し、しかも最初に加工した製品は念の為、これを右串田義弘に示してその良否を確める等、充分意を尽して過誤なきを期したのであるが、図らずも同人等の指示説明に誤があつたため、前記不良製品を出すに至つたもので、決して被申請人主張の如く申請人が作業中に読書していたために、かかる結果を惹起するに至つたものではない事実が認められる。証人松田孝四の証言、被申請人代表者岡本桝吉の尋問の結果中右認定に反する部分は信用できない。そうだとすると、かかる不良製品を出したことについては、申請人には何等の故意過失もないから、申請人は職務上その責任を負うべきいわれはなく、寧ろ右作業を指導指図した右串田義弘及び当時の職長杉山太郎において専らその責に任ずべきものと解すべきところ、これがため右串田義弘が会社より解雇されるに至つた事実を認めるに足る疎明はなく、しかも会社が右杉山太郎に対して何等の処分を行わなかつたことは被申請人代表者岡本桝吉の尋問の結果に照し明らかであるし、また右尋問の結果によれ、右不良製品により会社の被つた損害額は僅かに金一〇万円程度に過ぎなかつたことが認められるので、これ等諸般の事情を斟酌すれば、申請人の右不良製品を出した行為を以て、解雇に値するものとは到底認め得ない。
(3) 前歴詐称に関する解雇事由について。
被申請人主張の、申請人が以前勤務していた会社より、数回に亘り不法に金員を領得して刑事処分を受けたとの事実については、これを認めるに足る疎明がない。もつとも前掲証人松田孝四の証言、及び被申請人代表者岡本桝吉の尋問の結果中には、申請人には、同人が以前勤務していた会社より金員を喝取し、これがため裁判の結果、有罪の判決を受けた恐喝の前科がある旨の併述部分が存するけれども、右はいずれも出所不明の伝聞事項の供述にすぎず、その後被申請人において右事実を確認した疎明もないから、右各疎明資料はにわかに信用することはできない。しかしながら、成立に争のない乙第二号証、及び申請人本人尋問の結果によれば、申請人は昭和二二年六月食糧管理法違反により懲役四月(但し二年間執行猶予)及び罰金二、〇〇〇円に、また同年八月にも同じく食糧管理法違反により懲役一〇月に処せられ、いずれもその頃刑の執行を受け終つたものでありながら、申請人が会社に提出した履歴書には、右各前科の記載がなされていないことが明らかである。
そこで、申請人の右前科を秘匿した詐称行為が果して解雇に値するか否かについて検討するに、申請人本人尋問の結果によれば、申請人が昭和三二年七月一二日被申請会社の前身たる富士製作所に雇傭された当時においては、右各前科は刑の執行を受け終つてより既に七年有余の歳月を経ていたため、申請人は最早右各前科は法律上消滅したものと信じて、履歴書に記載しなかつただけであつて、全く他意はなかつたことが窺われる。そしてまた前記前科の内容に、成立の争のない甲第一号証、及び被申請人代表者岡本桝吉の尋問の結果を併せ考えると、会社側はかねて他の従業員より申請人には前記恐喝の前科がある旨聞知し、軽卒にも右噂を信じて申請人に前歴詐称の事実ありとなし、これを本件解雇理由に附加したもので、当時、申請人の前科が破廉恥罪たる恐喝罪ではなく、前記の如く食糧管理法違反の罪に過ぎないことが判明していたならば、被申請人はこれをとりあげて、解雇理由にするつもりはなかつたことが認められ、以上認定の事実によると、右の各前科は、会社が申請人を工員として雇入れるに際し、考慮すべき労働能力、技術に直接関係ある事項といえないのは勿論、会社の労務管理、企業秩序維持のため必要な全人格的判断の資料としても重要な事項であつたとは認められない。換言すれば、右前科が予め会社に知れておれば、申請人を雇傭しなかつたであろうと思われる関係にあつたとはいい難い。従つてまた右前科秘匿のため、労使相互の信頼性が失われ、雇傭関係の継続に支障を来したものともいい難いのであるから、右前歴詐称の事実を以て解雇事由に値する程重大なものとは言い難い。
(4) 申請人の前科の流布に関する解雇事由について。
証人杉山太郎の証言によれば、申請人が本件解雇前、会社の昼食時間に、会社内で他の従業員と雑談中、一度冗談まじりに、前科の内容を明らかにしないまゝ「俺は前科者だ」と口外した事実を認めることができる。そして会社内における申請人の右放言は、その場限りの冗談事とは言え、その会社の従業員たる立場において、軽卒のそしりを免れ得ないが、右前科が食糧管理法違反の罪であることは先に述べたとおりであるし、また申請人が会社側を畏怖せしめる目的で他言したと認め得る疎明もないから、申請人の前科が他の従業員によつて恐喝罪と会社側に誤り伝えられ、これがために会社幹部に畏怖の念を与えたとしても、それは独り申請人にのみ問責し得べき筋合のものではなく、寧ろ、前科の存否及びその内容について確認する努力を払わなかつた会社側にこそ、重大な過失があつたものと言うべきであるから、右事実が解雇事由として採り上げるに足りないものであることはいうまでもない。
叙上(一)、(二)の各事実に、証人杉山太郎の証言によつて認められる本件解雇前、会社において不良製品を出した従業員は多数いるが、このことにより解雇された者は一人もいないというこの種事件の従来の取扱例を併せ考えると、会社は第一組合の結成以来、その意に反して上部団体に加入した同組合の存在を嫌悪するとともに、上部団体の支援により、組合活動の活発化することに不安を感じ、機会あるごとに組合の壊滅ないし弱体化に腐心していたところ、組合結成以来その中心となつて組合活動を展開して来た申請人に前科ある由を聞知し、これと平素の使用者に対する対等的な言動を思い合せ、不安の念愈々募り、偶々申請人が前記チヨークライナーの不良製品を出すや、同人が直接その加工にあつていたことに藉口して、申請人を企業外に排除すべく、前記の如く全く存在しないか、解雇に値しない事由を解雇理由として、本件解雇がなされたものと推認するのが相当であつて、ひつきよう本件解雇は申請人の組合における重要な地位及び正当な組合活動を嫌悪し、これを排除せんとする不当な差別待遇意思が決定的な要因となつているものといわざるをえない。従つて本件解雇は労働基準法第七条第一号に該当する不当労働行為であり、労使間の公序に違反する点において無効であるといわねばならない。
三、仮処分の必要性。
以上の次第で、被申請人の申請人に対する本件解雇は、その余の点について判断するまでもなく無効であるから、申請人は現になお会社の従業員としての地位を保有するところ、本件解雇当時、申請人が会社より平均賃金として一月金二九、七四七円の支払を受けていたことは被申請人の自認するところであり、その賃金の支払期日が毎月末日であつたことは当事者間に争がなく、また会社が不当にも本件解雇の有効を主張し、爾後申請人の就労を拒否して来たことは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、申請人は被申請人に対し、本件解雇の翌日たる昭和三三年五月二七日より毎月末日限り、前記平均賃金の範囲内である一月金二九、七〇〇円の割合による賃金を請求し得るものといわねばならない。そして申請人本人尋問の結果によれば、申請人は自己の収入で家族五人の生活を支え、賃金を唯一の生活の資とする賃金労働者であつて、本件解雇の通告によりその収入源を失い、生活の不安を招来していることが疎明されるので、申請人は当面の生活危機を排除するため、本件仮処分を求める緊急の必要性があるものといわなければならない。
四、結論
よつて申請人の本件仮処分申請は申請人の従業員たる地位の形成、並びに昭和三三年五月二七日以降毎月末日限り前記賃金の支払を求めるものであつて理由があるから、保証を立てしめないで、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 金田宇佐夫 山口幾次郎 鍬守正一)